2005年06月19日

人生

基本的に自分の人生なんてどうでもいいか、と思っているんだけれど、いざとなったら既成の枠の中に入ろうとしてしまう。

私がニュージーランドに移住するといった時、5つほど年上の先輩から、「お前らの世代は、いい意味で軽い」と言われた。私の5歳下はもっと軽い。10歳下は軽いとか、そんな感覚もない。20歳下は、軽いという意味が理解できないだろう。「軽い?」そんな基準じゃないけど・・・、といわれる。

(河)



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2005年03月20日

移住

8年前、ニュージーランドに仕事を探しに来た。

単に気分を変えたかっただけなのかもしれない。



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2005年03月12日

ほりえもん

日本のビデオを観た。

ドラマが録画されていた。今年の1月に放映されたものらしい。長いドラマだったけれどおもしろかった。

そして、テレビコマーシャル。

20年前と変わらない。

車のコマーシャルは、景色のいいところを車が走って最後左斜め前からのショットと車の名前で終わる。シャンプーは、長い髪の女の人が出てきて、髪の毛がふわっとなって最後に決めの台詞を言う。金融関係は、制服を着た若い女の人がニッコリしてお客さんに応対しているアップが映る。お菓子は、楽しげな音楽に合わせて子供たちやキャラクターが歌ったり踊ったりしてそれを食べる。

全く変わらない。「これ、1980年に録画した。」と言われても、コマーシャルだけだとそうかなと思う。

コマーシャルを作っている現場の人たちは、もっとおもしろく新しいものを作ろうとしているのに、最終的にGOサインを出すトップが、結局今までと同じものを好む結果だと思う。現場の若い人たちが、「こういう新しいパターンでいきましょう。」と言っても、保守的な上の人たちが、Yesと言わない。今までこれで問題なかったのだから、あえて新しいことをするリスクを犯さなくてもいいと思っている。現状を守っていれば大きな問題はないと思っている。


ライブドアとフジテレビのニッポン放送株をめぐる一連の動きを、古い経営者と新しい経営者の戦いと言った人がいる。インターネットからの情報しか知らないけれど、「ほりえもん、どんどんやって」と思う。「フジテレビ、時代の流れ読めてるのか?」と思う。

今はもう、「日本は今までこのやり方でやってきた」というのが判断の根拠にならない時代だ。「日本は今までこのやり方でやってきた?そうですか。それで、これからは?」と言われる。「それで、あなた自身はどう考えるのか?」と問われる。

この問題に関して、「お金があれば何でもできると思っているのではないか。」とか「日本にはこのやり方は合わない。」とか言っている政治家がいるらしい。「お金があれば何でもできると思っているのではないか。」と言おうと思えば言えなくはないけれど、こじつけだ。そんな問題ではない。視点が間違っている。「日本にはこのやり方は合わない」と言っている間に、世界はどんどん変わっていって、日本はどんどん取り残されていく。すでに日本のビジネス界は世界のビジネス界の中に入ってしまっている。日本の中では日本だけのやり方が通用すると思うのは間違いだ。


昨年ビジネスを売ったとき、「大丈夫か、お金に困っているのではないのか。」と日本から言ってきた人がいた。ビジネスを売るというのは、うまくいかないからやめると思ったらしい。ニュージーランドではビジネス売買は普通に行われている。2〜3年でオーナーが変わるビジネスも珍しくない。確かにうまくいかなくなって安く売るビジネスもあるかもしれない。でも、うまいっていないビジネスは基本的に売れない。そんなビジネス誰も買わない。日本でもそろそろ小さなビジネスは当たり前に売買される時代が来る。自分で小さなビジネスを1,000万で立ち上げて3年くらいでそれを取り戻して利益を出して3,000万で売る。その金でまた新たなビジネスを始める。そんなことが当たり前になる。その感覚でほりえもんを見ると、OKと思える。



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2005年02月27日

東京ディズニーランド

東京ディズニーランドに行ったことがある。

今では、もっと大きくなって呼び名も変わっているのかもしれないが、当時は東京ディズニーランドだった。

第一印象は、「めんどくさいところやなー」だった。

食べ物を持ち込んではいけない。乗り物に乗るのに何時間も並ばなければならない。人がいっぱいいる。他の遊園地にはない特別なルールがあるらしい。「何でこんなにめんどくさいの?」と思った。

行ってみたら、結構わくわくするのに気がついた。みんな楽しそうな顔をしている。でもなんかちょっと違う。自分が楽しくてわくわくしてるのじゃなくて、なんか無理やり楽しまされているような気がした。「どうや、楽しいやろ、楽しいやろ。」と後ろからささやかれているような気がした。確かに楽しい気分になる。みごとな演出やなーと思う。うまく作られてるなーとも思う。でも、その演出にほんの少しだけ違和感を感じる。いつものうまい缶ビールを飲んだらいつになくうっすらと缶の味がした時のような、閉店間近に入った行きつけの居酒屋のマスターの笑顔がちょっとぎこちなく感じられた時のような、違和感。まあ気にしなくてもいいんだろうけど、あれっという引っかかり。すぐにいつものように楽しめるんだろうけど、後から必ずふと思い出すような小さなざらっとした感じ。

パレードも華やかだ。でも、「めんどくさいところやなー」で始まり、「どうも心底楽しまれへんなー」と過ごした後のパレードは、入り込めない。「かなり練習してるな」とか「何で日本人はあんまり出てないの?」とか「暑いのに人形かぶって大変やな」とか思ってしまう。パレード終わった後、かぶりもの脱いでみんなで座って冷たいもん飲んでるところを想像してしまう。

「お前がひねくれてるだけ」といわれればそうなのかもしれないけれど、東京ディズニーランドになんとなく違和感を感じて帰ってきた人も結構いると思う。




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2005年02月26日

風景

トンボは複眼らしい。

人間の見ている風景とトンボの見ている風景は違う。

どちらがほんとうなのだろう。



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2005年02月25日

作戦

ある人が、

「夫婦仲がいいですね。」

と言った。

チャンスだ、と思った。

妻に言った。

「今日、夫婦仲がいいですね、って言われたね。」
まずはジャブを打った。

「そうやね。仲いいほうとちゃうかな。」
妻が言った。予想通りだ。しめしめだ。

「なんでやろね。」
と妻に聞いた。確信に迫ってきた。ドキドキした。

「なんでかな。」
と、妻が言った。期待通りの返事だ。人の話をあんまり聞いてないときは、この返事しか返ってこない。順調だ。

「それは、俺がいっつも、がまんしてるからや。」
一気に攻めた。緊張して声が震えた。あまりに緊張して、最後のほう聞こえへんくらいやった。

「なにいうてんねん!私のほうが、いっぱいいっぱいがまんしてるでー!あたりまえやんか。言うたろか。あの時かてそうやった。このときもこうやった。・・・・・・・」




一番訴えたいことを何気ない会話の中に入れてわからせる作戦は、みごと失敗だった。二度としない。







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2005年02月24日

理屈

私は理屈言いだ。

小さい頃からそうだった。

親に向かっていろいろな理屈をこねくり回して、父によく怒られた。

「理屈を言うな! 理屈を! なぜかと言うと、・・・・・」

とその理由を延々理屈で説明してくれた。

血は争えない。
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2005年02月23日

考えるのを止める

いつも考えていないと怖い。

考えるのを止めても時間は流れていくし、自分は生きていくし、何も変わらないといえばそうなのかもしれないけれど、考えるのを止めるのは怖い。

考えていないと、自分がどこにいるのか、今どうすればいいのか、どっちを向けばいいのかわからないから、怖い。

もっと怖いのは、考えるのを止めても怖くない人と向かい合っている時。

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2005年02月20日

死に急ぐ鯨たち

安部公房の「死に急ぐ鯨たち」を読みなおした。

「ためしにここでちょっとした賭けをしてみよう。この一行を書きおえるまでのあいだに地震がくれば、一万円支払います。
無事に地震をやりすごせた。ぼくは賭けに勝った。(中略)ぼくだけでなく、実際に地震が来るその直前まで、誰もがこんなふうに楽観的見通しのほうに掛けつづけるにきまっている。」

12月26日の津波で何十万人という人が死んだ。あの日あの瞬間、自分が津波で死ぬと思っていた人は一人もいなかったに違いない。みな賭けに負けたのだ。

本当は次の瞬間なんて実に不安定なものなのに、だれもが今までと同じように次の瞬間が訪れると思っている。そして、いろんなことを後回しにしている。あしたやろう。来年やろう。何歳になったらやろう。と楽観的見通しで生きている。

たまには、地震が来るほうに一万円掛けてもいいかもしれない。





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2005年02月19日

振り返る

最近よく振り返る。

生まれた時、東京オリンピックの余韻がまだ残っていた。東洋に魔女がいた。

5歳の夏、太陽の塔を見に行った。入りたかったけれど、行列に並ぶ気にはならなかった。ロシア館がやたらすいていた。「ロシアって人気ないねんな」と思った。パルナスは売ってなかった。パルナスはモスクワの味なのに。

小学校の時、日本列島は大改造していた。毎年新しい電化製品が出た。友達のうちが新しい車を買った。うちには車がなかった。父は免許も持っていなかった。「車なんか乗ったら足が弱くなる」と父は言った。「そんな問題と違うのに」と、大人のごまかしのにおいをかいだ。

中学校の音楽の時間、マスクをかけて長い学生服を着た人たちが、よく集団で教室に入ってきた。黒縁のめがねをかけて七三分けにした小柄な先生がなにを言っても、まったく無視だった。他人に完全に馬鹿にされるということはどういうことか、よくわかった。

高校生の時、The Manzai だった。大阪では、だれがカバやねんロックンロールショーというどっからどこまでが名前なのかわからないバンドが、夜中のテレビ番組に出ていた。深夜番組をよく見ていた。夜はクネクネ。なんじゃそりゃと思いながら、見ていた。テレビから新しい情報と新しい感性を得ていた。

大学の時、バブル真っ盛りだった。シーマ現象。自分には関係ないと思っていたら、クラスメートのお父さんがシーマで娘を迎えに来ていた。「うわっ。あいつとこシーマ乗っとるで。」は、一見ほめ言葉のようだったが、実は皆「なんかちょっと違うぞ」と心の中で思っていた。「日本国民全員がバブルに踊っていた」わけではなく、「日本国民全員がバブルに踊っているような気になっていた」だけだった。

いわゆるバブル入社組だった。内定を10も20ももらっている人がいた。拘束と称してどっか旅行に連れて行ってもらってた。同期入社が何十人もいた。NTT株で何十万円か儲けたという話を聞いて、「俺も買っておけばよかった」という人がいた。確実に儲かるなんていう話が本当にあるのか、半信半疑だった人がそれを信じ始めた。

すぐにバブルが崩壊した。給料がどんどん下がった。ボーナスも、なにこれ?というくらい激しく下がった。転職する人が増えてきた。漠然と信じてきた「将来」が、信じられなくなった。代わりに信じるものをみな探していた。時代が、生まれてから経験したことのない動き方をしていた。皆の視線が泳いでいた。

時代が人を作るという。

こんな時代は、どんな自分を作ってくれたのか。

それを考えるために、最近よく振り返る。







posted by 河童 at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 河童雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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