十代の頃はまだまだ日本にいた。
周りのオトナが言うことに、なんか違和感を抱いていた。
「そんなこと誰もしていないだろ」
「もっと周りを見て」
「和を乱すな」
なんか違うと思っていた。自分が思うことが全然できないと思った。
「誰もしていなくてもやりたければやればいい」
「周りを見ても最後は自分で決めればいい」
「和は乱れるもんだ」
と思って、思ったとおりにしていた。
ニュージーランドに来て、だれもそんなことを言ってないことがわかった。「誰もしていないから君もしてはいけない」なんていうことは言わない。「周りに合わす」ことを優先しない。「和」なんてことは理解していない。
でも、そんな国で今生きている自分が、「誰もしていない」「周りを見て」「和を考えて」と無意識に思っているのに気がついた。周りがそんなことを言わないだけに余計にそんな自分に気がつく。
十代の頃に逃れようとして否定してきたものに、今、取り付かれている。
(河)
2005年07月27日
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