2004年10月31日

嫌い

嫌いな奴がいる。

それは、いつもいつも思い出して、いらいらしているというものではなく、嫌いといえば、あいつのことは大嫌い、とはっきりと言えるたぐいのものだ。だから、普段はそいつのことなんかは考えたことはない。でも、考えると、大嫌いであることを確認する。

今までは、人を嫌う自分がいやで、嫌いであるその感情自体を何とかしようとしていた。好きになることはないとしても、嫌いという感情を押し込めようとしたり、気づかないふりをしたりしていた。

でも、嫌いでいいやん、嫌いという感情なんてあってあたりまえやん、と思うことにした。わざとその感情を増幅させたりはしないけれど、「嫌い」の無い無菌状態の感情を作ろうとするのはやめにした。

「ひとを<嫌う>ということ」(中島義道著 角川文庫)を読んで、そんなことを考えた。

そして、人から嫌われることに今までほど抵抗が無くなった。私を嫌う人、どうぞ嫌ってください。私は、あなたが私を嫌いだという理由であなたを嫌いになったりはしないけれど、それ以外のほんの些細な理由で、あなたを嫌いになるかも知れません。お互いに嫌いなもの同士でも、表面上は仲良くやっていきましょう。という具合にいろんな人と付き合えるような気がした。

でも、「私あなたのこと嫌いです。」と面と向かって言われたり、「あいつお前のこと大嫌いやって言ってた。」などと聞くと、まだまだうろたえてしまうなぁ。

(河)


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2004年10月25日

堕落

「東電OL殺人事件」を読んだ。

この事件は、冤罪事件であるとか、OLがアパートの空き部屋で殺されたということより、なぜ東電のOLが娼婦となり殺されなければならなかったのかという、被害者の人生や心の闇が注目された事件である。

著者は、このOLがやっていた行為、昼は一部上場企業のOL夜は売春婦という行為は、「大堕落」だという。それに比べれば、高校生の援助交際なんてものは「小堕落」で、この被害者のOLからしたら、チャンチャラおかしいものだっただろうという。

この「大堕落」という言葉を見たとき、嫌悪感などのマイナスの感情より、なんかこう、プラスの感情、憧れに近いものを感じた。「大堕落」いいねぇー、と思った。本人が気付いているかどうかは別にして、どこか安全なところに片足を置きながら堕落したような行為をする、あるいは、何かに守られていながら「堕ちていく」「堕ちている」ふりをする。そんなものは「小堕落」だ。中途半端な堕落、堕落の風上にも置けない堕落。堕ちるなら、いっそのこと底の底まで堕ちる。人生をかけて、全エネルギーを傾けて徹底的に堕ちる。そして、小堕落した中途半端な人たちを見てにやっと笑う。

世の中が見えてないとできない。自分を裸にしないとできない。大堕落。

ついでに、坂口安吾の「白痴」を読んでみた。そこにも大堕落があった。読後感は「すっきり」だった。「東電OL殺人事件」を読んだ後はそんな感じはしなかった。

「堕落」という言葉は魅力的だ。でも、「小堕落」しかできないのなら、堕落という行為には近づかないほうが賢明だ。まあ、「大堕落」なんてできないし、それなら堕落の魅力から目をそらして、日々精進するのが最も賢明なのか。ちょっと違うか。

ともかく、「大堕落」いいねー、だった。

(河)
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2004年10月23日

庭の芝に苔というか藻みたいなものが生えた。

6月に日本に帰っている間、芝刈りせずにほったらかしにしていて、その後も2ヶ月くらい伸びるにまかせていたのが悪かった。冬の間あまり芝が伸びない季節でも、こまめに刈らないといけないようだ。

近所の人々は実にまめに芝を刈る。この季節は8時くらいまで明るいので、仕事から帰ってきてから刈る。5時半くらいになると、あちこちからブーンという芝刈りの音が聞こえてくる。その音を聞くと、うちも刈ろうと思って、連鎖反応的にあっちっこっち刈り出す。

本格的な夏が始まる前に、きれいな芝になるように手入れしてみよう。

(河)
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2004年10月22日

この季節、ニュージーランドへの観光客も留学生も少ない季節だ。どこの国もあまり長い休暇が取れない季節だから仕方がない。

10月の第一日曜日からDay Light Saving (サマータイム)が始まって、いきなり日が暮れるのが遅くなった。昨日は8時でも薄明るかった。クリスマスの頃は9時でも明るい。

1年で最も日が長い頃ももちろんいいが、だんだん日が長くなってきている今頃も好きだ。

(河)


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2004年10月21日

トラックパックには練習が必要

トラックバックの練習としてはいいブログやね。

いつか船で世界一周をしてみたい。どのくらい金かかるのか?あんまり高いようやったら、ちょっと厨房で働いて、その分安くしてもらうとかでけへんかな。でけへんやろな。絶対。飛行機で、食事運ぶの手伝うから安くして、と言ってるのと一緒やもんな。

(河)
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2004年10月20日

ブログをいじって6時間

ブログにすると、書く内容も変わってくるね。文体も。

いろんなブログを見てまわったけど、ブログのはやりは意外とすぐ終わるかも知れないと思った。

なんなんやろね。ブログって、いったい。まだよくわからない。

(河)
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ブログ

ブログにしてみた。しばらくこれで。
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2004年10月17日

軽い

最近「この人なかなかやるなあ」と思う人は、「軽い」人だ。

24歳のニュージーランド人は、自分で会社をやりながら、友達と別ビジネスを立ち上げ、個人でも翻訳などしている。自分の会社はどうなの?と聞くと、うーん、まあまあです、という。そんなら、まず自分のビジネスとちゃんとしてから他のことをしようとは、考えない。でも、将来の会社のビジョンはしっかり持っている。何でもありというといいすぎだが、軽い。こだわりが薄い。

20代の日本人の男性は、ニュージーランドでスキーだかスノーボードだかのインストラクターの資格を取って、さらに英語を勉強した後、日本で働いて金を稼いで、カナダに渡るという。それをやろうと思ったら、日本で大学行って、大きな企業に就職して、仕事を覚えてなんていう道は選べない。自分で、これをやろうと思ったら、その手段がニュージーランドにあればニュージーランドに来て、金を稼ぐのが日本が一番いいのなら日本で働いて、カナダに行きたいのならカナダに行く。いい感じで軽い。しっかりしていて、軽い。

そんな人たちに出会うと、自分は重いなぁーと思う。いったい何にこだわってこんなに重いのか。たいしたもんにこだわっているわけじゃあない。捨てて軽くなってもいいかなと思う。

(河)
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2004年10月10日

すずめ

目の前の利益ばっかり追ったらだめやね。

あっ、目の前に利益が転がってる。ぱくっ。あっ、またある。ぱくっ。しまいにわなにつかまるね。すずめやね。

いつの間にか、自分が行きたい方向から大きくずれてる。まあ、自分が行きたい方向ってどっち?という話やけど。それをちゃんと決めとかないと、ぱくっ、ぱくっ、で、わなにつかまる。

(河)
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2004年10月01日

インターネット

掲示板へ書き込みするのは苦手だ。どんどん書き込んでいる人がうらやましい。ちょっと書き込んでみよかいな、と投稿ページを開いて、じっとたたずみ、結局書かずに終わってしまうこともあった。

なんか、書けない。かっこつけてうまいこと書こうとするからか、こんなこと書いてええんやろかと考えるからか、ひょっとして誰かを傷つけるんとちゃうやろかと思うのか、書いたことに対して鋭い突っ込みがきた時うまくこたえられるやろかと緊張するのか、そうこう考えているうちにここにこれ書いていったい何がどうなんやろとか「それは考えん約束やろ」ということまで考えてしまったりして、やっぱり書かないでおこうと思う。私が書いたことが世間を騒がせたり、人に影響を与えたりすることはほとんどないことはわかっているけれど、おそらく人よりかなり緊張している。

他の掲示板では、どんなことが書かれているのだろうと、いくつか覗いてみた。

そういえば、他の掲示板をあまり見ていないことに気がついた。大きく分けて、2種類の掲示板があった。個人が運営・管理して、主に常連さんでにぎわっている掲示板。それと、大きな団体や企業が運営して、細かい管理はほとんどせず、主に不特定多数の人を対象としている掲示板。前者は、管理している人の個性が出ているものが多くて、面白かった。今度、ちょいと書き込ませてもらおかいなと思わせる。後者は・・・・・、いろんな意味で面白かった。ヴァーチャルな世界は無味乾燥しているイメージがあるが、すごくどろどろした人間のにおいがした。スポーツした後の汗臭さではなく、なんかぬめっとして、2年半くらい前にできた巨大ショッピングモールの裏の生ごみ置き場から壁一つ隔てたところにある更衣室のにおいがした。

嫉妬、いじめ、うそ、虚勢、偽善、いろんなものがそこにあった。その鼻を突くにおいに不快感を覚えつつ、いくつかの掲示板を続けて読んでいると、面白いことが見えてきた。会ったこともない匿名の不特定多数が書き込みをする掲示板の中に、なんと言ったらいいのか、予定調和のような、ある一定の暗黙の了解のようなものがあった。

ある女の人がトピックスを立てる。その内容を誰かが肯定する。次に新たな書き込みが前に書いた人のあげ足を取る。また新たな書き込みがあり、前の3人ともを「同じ穴のむじな」とこき下ろす。それを読んでいる多くの人が思う。「これ、一人の自作自演だろ。」「最初の女、あれは男だ。」「あのあげ足取りは、前もここで書いていた○○に違いない。」

書き込みをしている人も、同じようなことを考えながら書いているのだろう。誰も、書かれていることが全て本当のことだとは思っていない。でも、書かれたことに反応して書く。それを楽しんでいる。おそらく、インターネットが普及し始めた頃、掲示板が登場した頃はそんなことはなかったのだろう。今は、掲示板というものが成熟して、人々が掲示板の弱点を素材として料理する段階にいる。今までは、ヴァーチャルなインターネットの世界に、生身の人間が外側から参加していたのが、今は、ヴァーチャルな世界が生身の人間を飲み込んで、参加する人を含めたヴァーチャルな世界を作っている。おそらくどこかで、ヴァーチャルな世界が、書いている生身の人間にじわじわしみこんでいた時期があったのだろう。今ではすっかり全てヴァーチャルだ。

でも、私はショッピングモールの裏の生ごみ置き場から壁一つ隔てたところにある更衣室のにおいは嫌いではない。どちらかというと、たまにかぎに行きたいと思う。そして、現実の世界から一時離れて、ヴァーチャルな世界が自分の中に少しずつしみこんでくるのを麻薬のように感じるのもいいかもしれないと思う。

(河)
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