2004年07月30日



昨日の夜、あひると話した。「どっちを選ぶか」

「不老不死」と「若返り」の2種類の薬を手に入れた。「不老不死」の薬を飲めば、飲んだ時の年齢の精神と体のまま、ずっと生き続ける。病気や怪我をするかもしれないが、必ず治って死ぬことはない。「若返り」の薬を飲めば、1日ごとに1日分、体だけ若返っていく。1年で1歳、5年で5歳体が若返る。精神や記憶は飲んだ時点のまま変わらない。どちらの薬も副作用はないが、薬の存在はほとんど世間に知られておらず、まだ飲んだという人を聞いたことはない。

今、自分は80歳だとする。2種類の薬の内、1つだけ1回だけ飲める。「不老不死」の薬を飲めば80歳のまま永遠に生きられる。「若返り」の薬を飲めば、70年後には10歳になり、80年後に体は消えてなくなってしまう。

どちらを飲みますか。

(河)


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2004年07月25日

授業

ニュージーランドでいろんなコースを受けた。

Managers Certificate Course, Food Safety, Bartender, New Zealand Wine, Photogragh など。

どれも、授業のスタイルが日本と違う。

先生が前でしゃべっている途中でも、平気で先生に質問をする。「先生、今言ったことは、こういう場合にも当てはまるのですか?」などといきなり聞く。当たり前の顔をして。

しかも、先生のことをファーストネームで呼ぶ。「ジョン!」とか「リン!」とか呼ぶ。日本の学校で先生のことをファーストネームで呼ぶことはない。先生はきっと怒るだろう。日本の高校で先生に向かって「たかし!」とか呼べば、先生はきっと怒る。それが体育の生活指導の先生だったりしたら、「お前ちょっと来い!」と体育教官室に連れて行かれて、「何が、『たかし!』じゃ!」と説教されるだろう。そもそも、先生のファーストネームなど知らないことが多い。

そういえば、中学生だった頃、友達同士では先生の苗字を呼び捨てにしていた。「昨日、辻がなぁ」とか、「瀬川の授業でなぁ・・・」とか、今思えば失礼きまわりなかった。ニックネームでも呼んでいた。「ピン吉」「ポン吉」「パン吉」と呼ばれていた理科と社会と英語の先生がいた。今となっては本名も忘れてしまったが、ニックネームだけは憶えている。

ニュージーランドの先生は、ファーストネームで呼ばれても、もちろん怒りはしない。授業の途中の質問にも丁寧に答える。それがかなり個人的な質問であっても、何がしかの答えをその場で出す。時間がかかる場合は、「後で話をしよう」と時間をとってくれる。

授業中、グループに分かれて話し合えと言われることも多い。日本で、まったく受身の授業に慣れている私としては、一番戸惑うところだ。その場で与えられた題材でいきなり話し合う訓練が学生の時にできていないので、なかなかついていけない。それに比べて、こちらの人は自分の意見をはっきりどんどん言う。「私はこう思う。」とか「ここは違うと思う。」とか。そして、その時作られた即席グループでも、進行役、まとめ役などが瞬時に出来上がる。話し合いはどんどん進行する。何も意見が出なくて一同しーんとしていることなどない。

話し合いが終われば、グループの代表が簡単な発表をする。ほとんどの人が、話し合ったことをうまくまとめながら、自分の意見も少し入れたりしてわかりやすく発表する。先生がそれに質問をする。たまに、他のグループからも質問が出る。発表者がうまく答えられないときは、グループのメンバーが代わりに答える。

学生が「参加」する授業だ。私が受けたのは全て大人のためのコースなので、うまくいってたのかも知れないが、少なくともニュージーランドの大人はそういうスタイルの授業に慣れているようだ。

「シャイな日本人」は、「参加できない日本人」なのかもしれない。

(河)
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2004年07月22日

15ドル

私の頭は15ドルだ。

3ヶ月に1回くらい散髪に行く。Daveという物腰の柔らかい男性に切ってもらう。「今日はどうする?」と聞かれて、いつもと一緒。2センチくらい全体に切って、という。Daveは、「OK!easy!」といつも言う。

まず、髪の毛を洗ってくれる。いすが後ろに倒れて、首の太さだけくぼんでいる洗面台のようなところに頭を突っ込まれる。ものすごいきつい体勢だ。いい腹筋運動になる。Daveは何か話しかけてくるが、声が小さいのと、頭にじゃあじゃあとお湯をかけられているので、何を言っているのかわからない。けど、私はいつも、「あ、そうなの」とか「へー」とか適当に相槌を打つ。彼もきっと私が適当に返事していることはわかっていると思う。誰でもわかるくらい、適当な返事だ。

髪の毛を切っている時間は、正味15分くらいだ。Daveは髪を切りながらも話しかけてくる。私は、また適当に返事する。Daveはたまに「ニコッ」と笑う。私も「ニコッ」と笑う。



そんなことをしている間に、15分経ち、髪の毛は切り終えられる。最後に、鏡を持ってきて、後ろの髪の長さはこれでいいかと聞かれる。「いいよ」以外言ったことはない。最初のリクエストが適当なので、そこで、もう5ミリほど切ってくれとは、なかなか言えない。それやったら、最初からそう言え、といわれそうだ。

Daveはなぜか満足げに、シャッ、シャッ、と散髪屋さんしか使わないほうきの先みたいなもので、肩についた髪の毛を払ってくれる。彼はまた、「ニコッ」と笑う。私もまた、「ニコッ」と笑う。

15ドルです、とDaveが言う。私は15ドル払って、「サンキュー」と言って店を出る。

(河)
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2004年07月20日

変化

庭の椿が咲いた。



つぼみが膨らみ始めてから、4日くらいで咲いた。4日とも朝霜が降りていたけれど、つぼみはどんどん膨らんで、ついに今朝咲いた。毎朝、同じ時間に見ていると、つぼみの大きさが変わっていくのがわかる。

変化していくものが好きだ。成長も変化だし、衰退も変化だ。

子供の頃は毎日が変化だった。毎日成長していた.中学生の時に思った.昨日の自分より何か一つ身につけよう。知識でもいいし、経験でもいい。寝る前に、昨日の自分と比較して今日はこれが身についたと言える一日を送ろうと思った。難しくなかった。今日は、テストの勉強をしてこんなことを憶えた。今日はクラブの練習で、こんなことができるようになった。毎日いろいろ成長があった。

18歳の時、毎日成長するのは無理があると思った。昨日の自分ではなく、去年の自分と比較して、成長ではなく少なくとも変化していることを目標にした。夜、1年前の自分と今日の自分を比較して、変化しているかどうか考えていた。難しくなかった。

28歳の時、変化するためには努力や思い切りが必要だと感じるようになった。自分で変化を求めていかないと、周りも自分自身も変化しないことに気がついた。

いろんなことに挑戦してみた。ゴルフやスキーも始めた。B級ライセンスやカートのライセンスも取った。結婚もした。1年あれば、いろいろ変化があった。

去年から、5年日記をつけている。去年の今日、どんなことを考えてどんなことをしていたか。それを読みながら今日の日記を書く。来年の為にも書く。

今日、まったく変化していないと、1年後にもまったく変化していないだろう。どこかで努力したり、思い切ったりしないと、周りも自分自身も変化しないだろう。それが、今日かもしれないと思いながら、今日一日を生きようと思う。

椿の花は、昨日の朝は開いていなかったのに、今日は大きく咲いている。

(河)
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2004年07月15日

大切

「あなたにとって最も大切なものを5つ挙げなさい」と言われた。

うーん。まず家族。お金も大切。健康もかなぁ。後はなんやろ。あんまり浮かんでけーへんなぁ。あらためてそう言われてもなぁ。横で、あひるが、「妻と言え、妻と。」と脅す。「はい、わかりました。妻です。」と答える素直な私。

ふと横を見た。ブラジルからニュージーランドに来たという女性が同じように考えていた。「大切なものは何?」と彼女に聞いた.彼女は即答した。

「それは、安全」。

「ブラジルでは、車で信号待ちをしていても、いつ襲われるかも知れない。ニュージーランドは本当に安全だ。私は、こんな安全な国に来られて幸せだ。」と言った。

ガツーン、と殴られた。何が「金」だ。何が「妻」だ。

大切なものは、長い間あたり前のように持っていると、その存在にさえ気付きもしなくなる。

(河)
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2004年07月13日

約7年間ニュージーランドで自分でビジネスをやってきて考えたこと。いろいろある。自分で自分に課していることも、いろいろある。

その中で、いつも気をつけていることがある。それは、人前で、他人の悪口は絶対に言わないことだ。

他人を非難するのは簡単だ。そして話題として面白いこともある。でも、他人を非難すると、必ずいつか自分に帰ってくるという。私もそう思う。自分に何の徳もない。その場では気分がすっきりするかもしれないし、誰かに他人の悪口を言うことで、自分は悪くないんだと、聞いている人にわからせることができたように錯覚もする。でも、違う。聞いている人は、他人を非難している人を信用しない。他では自分が非難されているかもしれないからだ。

腹の立つ奴もいっぱいいる。言いたいこともいっぱいある。私のことを悪く言っている人もいるだろう。あることないこと言われているかもしれない。でも、そんなものは気にしない。自分で思っているほど、私のことなど誰も関心ないことは知っている。だから、たとえ自分が非難されていることが明らかでも、言い訳もしないし、まして、私を非難している人を非難することは絶対にしない。しないでおこうと努力しているといったほうがいいかもしれない。そんな暇があれば、もっと自分のことを考える。もっと楽しいことを考える。もっと、やらなければならないことがいっぱいある。

こんなこと、優等生の言うことで、実行するのは難しいという人もいるだろう。確かに、つい人の悪口を言いたい衝動に駆られることもある。でも、止める。ぐっと我慢する。何の得もないと、自分に言い聞かせる。最初は難しい。でも、しばらくすると、少し自分をコントロールするだけで大丈夫。やってみる価値はある。

これが、外国で、移民として、自分でビジネスをやってきて、学んだことのひとつだ。

(河)

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2004年07月11日

絵しりとり



「絵しりとり」という遊びをした。

四人以上でできる遊びだ。用意するものは紙と鉛筆だけ。

二人(奇数人数の場合は3人でも可)一組がチームだ。チーム二人で、一切しゃべらず絵でしりとりをしていく。例えば、一人が「りんご」の絵を描く。もう一人は「ご」で始まるものの絵を描く。例えば「ゴリラ」。今度は「ら」で始まるものをもう一人が描く。一定時間内に多く描けたチームが勝ち。当然、しりとりが間違っていたり、絵がきちんと描けていないものはカウントしないし、途中でしゃべっても反則だ。

全チームいっせいにやってもいいし、一チームずつ順番にやっても面白い。時間は3分もあればいい。飲んでやると結構盛り上がる。

(河)
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2004年07月09日

人間偏差値

人間偏差値というのを考えた。

世界中の人、赤ん坊から老人まで。一人ひとりの持っている総合的な能力を数値化する。100点満点で、その人の能力は何点かを決めるとする。そして、平均点を50点とした場合、自分は何点か、と問う。

何人かの人に聞いた。25点から80点までいた。

25点の人が言った。「アインシュタインなんていう人も過去にはいたし、今でもかなり賢い人がいると思う」。

80点の人は、「世界中でしょ?世界中。そりゃ、点数の高い人もいっぱいいるだろうけど、世界中、赤ちゃんから入れれば私は80点。」と言った。

多いのが、45点から55点くらいだ.50より上と思うか下と思うか、そこが一つのポイントだ。

さて、自分は何点だろう。

(河)
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2004年07月07日

めんどくさい

私はめんどくさがりだ。

何がめんどくさいって、何もかもだ

まず、朝起きるのがめんどくさい。毎朝早起きしてる人のことは尊敬する。何でそんなに朝何事もなくスッと起きられるのか。私も、早起きした時のある種の爽快感は知っている。天気のいい日に早起きしたら、「明日から絶対早起きしよう」と必ず思うくらい、気持ちいいことも知っている。でも、次の朝早く起きたことは一度もない。それは、「しんどい」とか「寒い」とか「疲れている」とかよりも、「めんどくさい」が先にたつからだ。

それから、風呂。めんどくさい。冬は特にだ。寒いのに裸にならなければいけない。1分我慢すれば、暖かいお湯を浴びられることはわかっているけれど、なんかめんどくさくて、風呂に入らず寝てしまおうと思う。かといって、風呂に入らず寝てしまうことは余りない。1年で360日くらいは入っていると思う。まあ、ニュージーランドでは、風呂といってもシャワーの意味だが。でも、夕方から風呂の時間が待ち遠しくて、風呂の時間になると、「おー!風呂の時間だ!」と嬉々として裸で風呂場に飛び込んだことは一度もない。「なんかめんどくさいけど、まあ大人やし、くさいと言われるよりはめんどくさいのを我慢して風呂入ったほうがいいかな」と思う程度だ。

寝る前がまた、めんどくさい。歯磨いて、着替えて、時には明日の準備をしてからベッドに入らなければならない。あーめんどくさ。今いるところで目を閉じるだけでいいのなら、どれだけ楽だろうと思う。

でも、寝るのはかなり好きだ。小さいときの憧れの人は、三年寝太郎だった。三年もずっと寝ていられたらいいなぁーと思っていた。しかも、三年寝太郎はその後幸せになるという。いろいろな話の筋があるらしいけれど、どれも最後は三年寝太郎は幸せになる。三年寝続けていた人間が、起きてから幸せになるのなら、三年働き続けてから幸せになるより、かなりいい。今だに憧れる。

仕事もめんどくさいけれど、風呂のめんどくささとはちょっと違う。仕事はめんどくさいものだからだろうか。世界中の人が、「今日も仕事か。めんどくさいなぁ」と思いつつ、仕事に出かけていることは想像がつく.だから、めんどくさくても仕事しよ、と思うのかもしれない。

そういえば、学生の時も、学校に行くのがめんどくさくてあまり行かなかった。学生にとって学校の授業なんてめんどくさいの極みだと思う。世界中の学生、よく毎日学校に行ってるな。えらいよ。

こう考えていけば、生きていくのもかなりめんどくさいことだ。生きていること自体がめんどくさいといってもいいかもしれない。でも、生きている。

そして、今日も風呂に入って、歯磨いて、着替えて、寝る。おやすみなさい。
(河)
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2004年07月04日

サウスポー

3年前に気がついた。私はサウスポー。ボールを投げるのも、字を書くのも、箸を持つのも右だけれど、細かいところはサウスポー。

ぞーきんの絞り方が、右利きとは逆。ペットボトルのキャップを開けるのも左、コーヒーカップも左で持つ。小さく投げキッスはしないけれど、「こちらへおいでとよぶ時」は、左手だ。

小さい頃、蝶結びがうまくできなかった。先生のやる通りまねしてやろうとしても、なんか変。いっつも「それ、縦結び」と言われていた。まぁ、これは、不器用なだけかもしれん。

周りにはそんな人はあんまりいない。ずっと気づかなかったくらい、不便は感じないけれど、自分のことでありながら、ちょっと不思議。ひょっとしたら、案外そんな人いっぱいいるのかもしれないし。遺伝かもしれないし。

今度ゆっくり考えてみよう。

(河)

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2004年07月03日

気がついたら、小声で歌を口ずさんでいることがある。家の中で体を動かしているときが多い。

歌は、最近流行のものよりも、子供のころに憶えたものが圧倒的に多い。

昨日はコーヒーを入れながら、「かぁーわれー、ししまるぅー、らいおんまぁるぅにぃー」と、口ずさんでいた。

時には、「フランシィーヌの場合わぁー」や、「しょ、しょ、しょじょじ」も登場する。

考えてみると、持ち歌は10曲ぐらいでいつも繰り返している。レパートリーが増えることは、まずない。

これらの歌は、私の記憶のどこにしまわれていて、どういう基準で選曲されて、どういう経路で出てくるのだろう。なぜここ2,3年で憶えた歌は出てこないのだろう。なぜ、「しょ、しょ、しょじょじ」なのだろう。こどもの頃にその歌ばっかり歌っていた記憶もない。いつもいつも「しょ、しょ、しょじょじ」と歌っている子供も珍しいだろうし。「フランシィーヌの場合わぁー」はもっと珍しいし。

行動と歌が一致しているのかもしれない。パブロフの犬だ。楽しいことをしている時は「しょ、しょ、しょじょじ」、ちょっと物悲しいときは、「フランシィーヌの場合わぁー」が出てくるようにプログラムされているのかもしれない。

こんなことを書いている今、私は「フランシィーヌゥー」とさびの部分を歌っている。



(河)
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2004年07月01日

Japan

日本に帰った。5年ぶりだった。



帰る前、いろんな人に言われた。「若いやつがみんな電車の中で座り込んでメールしとるでぇ」「景気悪いからみんな暗い顔してるわー」「何でも安ぅなってるよ。

帰ってみた。電車で座り込んでるやつは3人だった。暗い顔してる人はいなかったけれど、楽しそうにしてる人もあまり見かけなかった。外食と100円ショップは安いけど、スーパーの食材は高かった。

一番驚いたのは、走ってる車がみんな新しくてきれいなこと。ぴかぴかに磨かれている。ロトルアみたいに、壊れたアンテナの代わりに針金のハンガーつけて走ってる車は一台もいなかった。右側のドアだけ色が違う車もいなかった。1980年ごろ日本でよく見かけたミラージュのハッチバックも走っていなかった。ロトルアではあんなにポピュラーなのに。

食い物はうまかった。お好み焼き、うどん、寿司、焼肉、何でもどれ食べてもうまかった。ほっぺた落ちた。ぽとっ。

日本で暮らそうとは思わない。暮らすのはニュージーランド。時々おいしいもの食べに行くのがいい

(河)
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